天気雨の夜


轆轤首〜六の幕〜





 神社の境内。
 その真ん中。
 日差しはきついが、かまってはいられない。
 時折吹く風が、髪を揺らす。

 息を整えて、心を落ち着かせる。
 耳を澄ますように、心を澄ませる。
 モノノ怪の声を聞く。
 発してもいない声を、自ら聞きに行く。

 以前は、それほど明確には聞こえなかった。
 けれど、薬売りと旅を始めて。
 モノノ怪と近付いて。
 前よりも聞こえるようになった気がしている。

「お願い。聞かせて…貴女の声を」

 風向きが変わった。
 日差しはそのままに、暑さが和らいだ。



 遠くで、声がした。





“…会いたい…”








“…一緒に、居たい…”





“…由次さん…”





“…どこ…?”





 やはり、会いたいのだ。
 紗和は、由次に。






「―!?」






“何故、来てくれない”


“来てくれない”




“捨てられた”


“捨てられた…!!”




“どうして!?”



「違う!!」


 風が強くなる。
 急激に気温が下がっていく。


 モノノ怪を為したのは、これらの感情。


「由次さんは…!!」


 札が飛んできて、を囲む。
 そのお陰で、風も気温も戻った。

さん…!」

 階段の方から、薬売りが呼ぶ。
 そしてすぐさまの前に立つ。

「傍に居ろと、言ったはずですよ」

 もう一度札を辺りにばら撒く。
 そしての手を引いて、その場を後にした。





「本当に、分かっているんですかね」

 宿に戻ると、薬売りは呆れた顔でそう言う。
 は、苦笑い。
 宿には、蓮も連れて戻った。
 明日も、あそこに行くという。

「…ごめんなさい…」
「これじゃあ、守れるもんも、守れませんよ」
「でも、分かりました」
「何が、ですか」
「やっぱり紗和さんは、由次さんに会えなければ斬れないという事です」
「どういうこと、ですか」
「由次さんに会いたいという気持ちが、モノノ怪を為したんです」
「それだけでも、剣は抜けますよ」


「いいえ、抜けません」
「何故、ですか」
「理由を知りたがっていました。捨てられたと。…どうしてと」


 理由を知って初めて、剣を抜く条件となる。
 何故か、そう思った。
 何故、だろうか。


「…あぁ、そっか…」

 は目を伏せた。

「きっと私が、会わせてあげたいんです」
さん…」
「お願いです、薬売りさん。斬るのは待ってください」
「しかし」
「山向こうの、お二人の故郷になら、形見の品があるかもしれません」

 それを紗和にやったところで、会ったことになるとは限らない。
 捨てたわけではないという証になるとは限らない。
 けれど、可能性があるなら。

「紗和さんに会えるなら、私が紗和さんに直接お話しします」
「蓮さん…?」

 ずっと黙っていた蓮。
 決意に満ちた顔。

「…これが、由次さんの遺髪です」

 懐から取り出したのは手拭。
 綺麗に折りたたまれた、濃紺。
 その中に、切りそろえられた髪。

「ご両親から、預かってきました。せめて髪だけでも同じ地に、と」





「お紗和ちゃんに会えるなら、アタシも連れてってくれないかしら」

 障子の向こうから声。
 すらりと開くと、あの老婆。

「エツさん…」
「壁が薄くて、丸聞こえでしたよ。アタシも、お紗和ちゃんに謝りたい」















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2010/10/2