神社の境内。
その真ん中。
日差しはきついが、かまってはいられない。
時折吹く風が、髪を揺らす。
息を整えて、心を落ち着かせる。
耳を澄ますように、心を澄ませる。
モノノ怪の声を聞く。
発してもいない声を、自ら聞きに行く。
以前は、それほど明確には聞こえなかった。
けれど、薬売りと旅を始めて。
モノノ怪と近付いて。
前よりも聞こえるようになった気がしている。
「お願い。聞かせて…貴女の声を」
風向きが変わった。
日差しはそのままに、暑さが和らいだ。
遠くで、声がした。
“…会いたい…”
“…一緒に、居たい…”
“…由次さん…”
“…どこ…?”
やはり、会いたいのだ。
紗和は、由次に。
「―!?」
“何故、来てくれない”
“来てくれない”
“捨てられた”
“捨てられた…!!”
“どうして!?”
「違う!!」
風が強くなる。
急激に気温が下がっていく。
モノノ怪を為したのは、これらの感情。
「由次さんは…!!」
札が飛んできて、を囲む。
そのお陰で、風も気温も戻った。
「さん…!」
階段の方から、薬売りが呼ぶ。
そしてすぐさまの前に立つ。
「傍に居ろと、言ったはずですよ」
もう一度札を辺りにばら撒く。
そしての手を引いて、その場を後にした。
「本当に、分かっているんですかね」
宿に戻ると、薬売りは呆れた顔でそう言う。
は、苦笑い。
宿には、蓮も連れて戻った。
明日も、あそこに行くという。
「…ごめんなさい…」
「これじゃあ、守れるもんも、守れませんよ」
「でも、分かりました」
「何が、ですか」
「やっぱり紗和さんは、由次さんに会えなければ斬れないという事です」
「どういうこと、ですか」
「由次さんに会いたいという気持ちが、モノノ怪を為したんです」
「それだけでも、剣は抜けますよ」
「いいえ、抜けません」
「何故、ですか」
「理由を知りたがっていました。捨てられたと。…どうしてと」
理由を知って初めて、剣を抜く条件となる。
何故か、そう思った。
何故、だろうか。
「…あぁ、そっか…」
は目を伏せた。
「きっと私が、会わせてあげたいんです」
「さん…」
「お願いです、薬売りさん。斬るのは待ってください」
「しかし」
「山向こうの、お二人の故郷になら、形見の品があるかもしれません」
それを紗和にやったところで、会ったことになるとは限らない。
捨てたわけではないという証になるとは限らない。
けれど、可能性があるなら。
「紗和さんに会えるなら、私が紗和さんに直接お話しします」
「蓮さん…?」
ずっと黙っていた蓮。
決意に満ちた顔。
「…これが、由次さんの遺髪です」
懐から取り出したのは手拭。
綺麗に折りたたまれた、濃紺。
その中に、切りそろえられた髪。
「ご両親から、預かってきました。せめて髪だけでも同じ地に、と」
「お紗和ちゃんに会えるなら、アタシも連れてってくれないかしら」
障子の向こうから声。
すらりと開くと、あの老婆。
「エツさん…」
「壁が薄くて、丸聞こえでしたよ。アタシも、お紗和ちゃんに謝りたい」
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2010/10/2