黄金色の狐を先頭に、薬売りとは山の中を歩いていた。
狐に案内されるまま、どんどん山奥へと入り込んでいく。
ふわふわと揺れる尻尾をちらりと見遣って、は自分の胸の辺りを確かめた。
あの狐は、ここから現れた。
何故、そんなことが起こったのか。
この狐と何処かで会っただろうか。
それとも、他の。
けれど、どんなに思い返してみても、自分と狐との接点は見つからなかった。
一体、どういうことなのだろうか。
そんな事を考えているうちに、開けた場所に出た。
朱塗りの鳥居が佇み、その奥には対になった二体の狐の石像が鎮座している。
更にその奥には、小さな社が見える。
「こっちじゃ」
狐は鳥居をくぐる。
その瞬間、鳥居の下の景色が歪んだ。
そして鳥居の先に居るはずの狐の姿がなくなっていた。
「どういうことでしょう」
は薬売りを仰ぎ見た。
けれど、薬売りは口角を上げて笑っている。
「行けば、分かりますよ」
そう言って、薬売りは足を踏み出した。
「え、あっ!」
引き止める間もなく、薬売りも鳥居をくぐっていなくなってしまった。
「もう…」
取り残されて、は口を尖らせる。
せめて“一緒に”などと、言ってはくれないものか。
けれど、そんなことを期待してはいけない。
守るべきは、モノノ怪からのみ、なのだから。
一人でここに居ても、どうにもならない。
はしっかりと頷いて、鳥居を見据え、その下をくぐった。
一瞬、何かに引っかかったような気がしたけれど、その後は何の抵抗もなくするりと抜けた。
そうして行き着いたのは、さっきの社とは比べ物にならないほど大きな神社の前だった。
その前に鎮座する狐の像も一回りほど大きく、磨きぬかれて見事な光沢があった。
狐と薬売りがその傍に立っている。
狐はの姿を確認すると踵を返し、社へと向かった。
「ここがワシの社じゃ」
「なるほど、やはりあんたは、空孤」
「ふむ、流石に察しがいいのぅ」
その会話から、が得るものは少ない。
空孤と呼ばれた狐は、社の扉の前に立つ。
観音開きの扉は、触れても居ないのに勝手に開いて狐を中へ入れた。
薬売りもそれに続き、怪訝そうにしなからもそれに倣った。
中には見事な祭壇があり、何本もの蝋燭に赤々と火が揺らめいていた。
「まぁ、座ってくれ」
そう言うと、何処かから円座が二つふわりと飛んできて床に落ちた。
薬売りは面白そうにそれを眺めて、素直にそれに腰を下ろした。
「、お前も早く座らんか」
「…だからっ」
「見ず知らずではないと言ったじゃろうに。座りなさい」
少々強く言われて、は渋々薬売りの隣に座る。
「ワシの名を、知っていたじゃろ」
「え…」
「教えずとも」
「…繻雫…?」
狐は頷いた。
それが空孤の名だった。
空孤はいわば狐の中での地位。
三千年の時を生き、強大な妖力を得た狐の総称だ。
信仰の対象となる事もままある。
「どうして?」
問う声は震えていた。
何故自分がこの狐の名を知っていて、何故この狐が自分から出てきたのか。
「知らんのも無理はない」
狐は祭壇の前に両前足を揃えて腰を下ろした。
そうして、じっとを見据えた。
「お前のその力は、ワシが与えたものだからじゃ」
その力。
この世ならざるものの声を聞く力。
それ以外の力は知らない。
「そんな…」
愕然とする。
「そんな、ことが…」
気付いたときには、自分の中にあって、自分の一部だった。
それが、他から与えられたものだという。
それも、この目の前に居る狐が与えたと。
「自分の力を分けた者が近くに居ると感じて呼びかけてはみたものの、あの女の念が強くて邪魔されてな」
「じゃあ、もしかして」
「そうじゃ。夢の中で呼びかけたんじゃが、上手く伝わらんかった」
夢の中で何度も呼ばれたような気がしたのは、この狐のためだったのだ。
「どうして? どうして私を呼んだの?」
「懐かしかったんじゃろう」
「懐かしい?」
「お前は、お前の父と母に良く似ている。纏う空気もその面差しも、何もかも、あの二人に」
「父と母を知ってるの?」
「あぁ、良く知っておる」
意味が分からない。
は膝の上で着物を握り締めていた。
その手は微かに震えている。
助けを求めるように、は薬売りに視線を送る。
薬売りはそれに優しく微笑む事で、大丈夫だと言ってやる。
差し伸べようとした手を留めた事に、は気付かなかったが。
は不安そうに、けれど覚悟するように頷いて、再び狐を見据えた。
その視線を受けて、狐は言った。
「ちと、昔話をしてやろう」
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とうとう来ちゃいましたね、ここまで!
きっと察しのいい方は先が読めてしまっているかもですが…汗
2011/10/2