天気雨の夜

繻雫〜二の幕〜






 この神社は、小さな町の南の山にある。
 その町に、の両親は住んでいた。

 父親、貴市はこの土地の生まれで、周りからの評判のいい好青年で、この町の誰もがそうであるように信心深かった。
 母親、和花は離れた村から奉公に出ていた、よく働く器量よしの娘だった。

 二人は稲荷を訪れる事が多く、そこで何度も顔を合わせた。
 初めのうちは、この前も居た、と思うくらいだった。
 それが何度か顔を合わせるうちに挨拶をするようになり、そのうち立ち止まって話をするようになった。
 やがて待ち合わせて参拝するようになった。

「ワシが縁を結んでやったんじゃ」

 狐が得意げに言った。


 そしてそれが当たり前の事であるかのように、二人は所帯を持った。
 貴市は大工の棟梁の下で働き、和花も外に出て働き続けた。

 所帯を持った後も、二人は待ち合わせて稲荷へと足を運んだ。

 願っていたのは、いつも相手の幸せばかり。

「聞いてやるこっちが恥ずかしいくらいじゃったわ」

 呆れたような声で、狐はおどけて見せた。





 暫くして子を授かった。
 和花が身重で参拝が難しくなると、貴市が毎日一人で稲荷に来ては安産祈願をして帰っていく、そんな日々だった。

「ワシは、安産は専門外なんじゃがの」

 ふっと笑う。

「美男美女で評判じゃったから、皆期待しておったが」

 目を細めてを見る狐。

「…ご期待に添えずすみませんでしたね…」

 は口を尖らせる。
 ますます目を細める狐と、クツクツと笑う薬売り。
 それが何を意味するかは、敢えて触れないが。






 やがて生まれた子は元気な女の子だった。
 と名づけられ、大切に育てられた。
 和花が動けるようになると、三人で稲荷を訪れ、願い事は、二人の幸せから三人の幸せへと変わった。
 優しく穏やかな母と、働き者で子煩悩な父。幸せを絵に描いた様な、そんな家族だった。





「…じゃが、ある日二人は気付いた」

 急に、狐が声を落とした。

「え…?」





 稲荷で開かれた祭りの夜のことだった。


 賑やかな祭囃子が響き、人々が行き交う門前町。
 二人はもちろんを連れてやってきた。
 初めて見る祭りの風景に、あちこちに目を向けてははしゃぐ
 腕の中で落ち着かないに手を焼く貴市と、それを楽しそうに見つめる和花。
 境内への階段を上る頃には、ははしゃぎ疲れて寝息を立てていた。

 そうして、階段を上りきり、境内へと入っていく。

 それと同時に、境内で大きな太鼓の音が響いた。

 そこに居た全ての人の視線が太鼓に集まる。

 大人も子供も、誰も彼も。

 続いて絶え間なく太鼓が連打される。

 その音に驚いたのか、近くで幼子が泣き始めてしまった。

 慌ててその子をあやす母親。

 ひとしきり泣いたその子は、太鼓の音が小さくなった頃に漸く泣き止んだ。

 そしてその母親は、和花に微笑んだ。




「大人しくて良い子ですね」




 は、あの大きな太鼓の音にも、目を覚まさず眠り続けていた―。














?」


 呼びかけても反応がないのは、まだそれが自分のことだと分かっていないからだと思っていた。


 音の出るおもちゃを差し出しても興味を示さなかったのは、単に気に入らないだけだからだと思っていた。


 大きな物音がしても驚かなかったのは、幼くとも肝が据わっているからだと思っていた。



 否。



 思いたかった。









「こりゃあ…聞こえてませんな」







 それが医者の診断だった。












「わ…たし…」




 の顔は、青ざめていた。




「耳が…」




 狐は、無言で頷いた。
 隣でじっと話を聞いていた薬売りも、今度ばかりは驚きの表情を見せた。





「そんな…」





 掠れた声だった。






「何人もの医者に診せたが、それは変わらぬ事実じゃった」














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多分後で沢山言い訳というか
申し開きをすると思います…


2011/10/9