「凄い…、こんな山の中に、こんな桜並木があるなんて」
温かな風が吹くようになり、木々は色を取り戻し始めた。
中でも桜の花は、春の訪れを十分に感じさせてくれる。
旅のしやすい季節になり、薬売りもも足取り軽く次の町を目指していた。
その途中、街道から見えたのは山中の桜。
二人は引き寄せられるようにそちらへと足を向けたのだった。
「これは、見事、ですね」
「はい…」
立ち並ぶ大きな桜に、二人は息を飲む。
さわさわと枝を揺らす様は、手招きでもしているかのようだ。
街道から見えたのはごく一部で、随分と先まで桜の隧道が続いている。
二人はその隧道へゆっくりと足を踏み入れた。
太陽の光を遮るくらいに木々は枝を広げている。
桜の花は満開で、淡い桜色の世界を作り上げていた。
花々はきらきらと陽光を受けて輝き、ひらひらと舞う花弁は雪の様。
風がないためか、どれも一定の速度で地面に落ちていく。
桜の天井を見上げながら、二人は歩き続けた。
いくら歩いても続く桜の隧道。
風もなく、鳥の囀りもない。
「何だか不思議な場所ですね」
が何とはなしに発した言葉。
「そりゃあ、そうでしょう」
薬売りは何でもないように答えた。
「え?」
の視線が、桜から薬売りへと移る。
「気づいていませんでしたか」
「…何に、ですか?」
「迷い込んでしまった、というより、引き込まれてしまった、てぇことに」
「何処に、ですか?」
「何処に、というのは分かりませんが、言うなれば桜の世界、ですか」
「えぇ?」
「まぁ、俺は分かっていて、足を踏み入れた訳ですが」
「わ、分かってたんなら、どうして言ってくれないんですか」
当たり前とでも言うような薬売りの物言いに、は少々焦った。
「決まっているじゃあ、ありませんか」
「え…?」
「貴女が嬉しそうだったから、ですよ」
「…っ」
そう言われてしまうと、は何も言い返せない。
罰の悪い顔をして、薬売りを見る。
薬売りは何処か楽しそうにその視線を受け止める。
「それで、この並木は何処まで続いてるんですか?」
「俺に聞かないでいただきたく…」
「分からないんですか?」
「もちろん」
声も出ないに、薬売りは肩を竦めてみせる。
「さん?」
は突然薬売りから離れ、傍にある桜の木へと向かっていった。
その木を通り過ぎ、その先へと行こうとした。
けれど―
「なに、これ…」
が目にしたのは、桜色の隧道だった。
その先にも桜並木が続いているのだ。
並木を抜ければここから出られると思ったらしいが、どうやら出来そうにない。
は振り返ると、不安げに言った。
「此処から出られるかどうかも」
「もちろん、分かりません」
「確かに桜は綺麗ですけど、ここから出られないとなると話は別です」
は困った顔をする。
「まぁ、そうですね」
「何ですか、その他人事みたいな言い方」
「いえ、たまにはいいかと」
「いいんですか?」
「貴女と二人きり、誰にも邪魔されず桜を愛でる」
いいじゃあないですか、と静かに続けた。
相変わらず一定の速さで落ちていく花弁。
そのひとひらを、薬売りは掌で受け止める。
薬売りの手に触れると同時に、その花弁は光となって消えてしまった。
それを見届けると、に視線を向けた。
「薬売りさん…」
薬売りの優しい眼差しに、はどきりとする。
「さぁ。とりあえず、進みましょう」
「はい」
差し延べられた手に、は自らの手を重ねた。
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毎年のように桜ネタで書いてる気がします。
お花見に行けない反動か…?
2013/4/7