延々と続く桜の隧道を、二人は手を繋いだまま歩いていく。
穏やかに咲き誇る桜は美しく、いくら見ていても飽きない。
けれど、延々と続く様は不安を煽った。
「何処まで続くんでしょうか」
「さあて」
大したことではないというような薬売りの返事。
は困惑した視線を薬売りにくれてやる。
「少し、休みましょうか」
薬売りは一本の桜の木を選ぶと、その根元に腰を下ろした。
仕方なくもそれに倣う。
「出られないと分かっているのに、こうして桜を眺めていると幸せな気分になってしまいます」
はほぅ、と溜息をつく。
薬売りは小さく、えぇ、と答える。
はらはらと桜の舞う、麗らかな世界。
不思議な場所に足を踏み入れてしまったとはいえ、見事な桜を前にすると出口を探すことは暫く後でもいいと思ってしまう。
「もう少しばかり、慌ててはもらえんか」
「!?」
不意に、何処かから声が聞こえてきた。
薬売りは片膝を立てると身構えた。
「折角の桜が台無しだ」
そんな言葉と共に向かいの木の陰から姿を現したのは、男だった。
三十路ほどだろうか、品のいい顔立ちをしている。
灰色―否、桜鼠だろうか―の長い髪は背中に流れ、淡い色彩の着物を幾重にも重ねて羽織っている。
妖艶に微笑むその姿は、この場所とよく合っていてやけに存在感がある。
色白で一見すると女の様だが、長身でがっしりとした体躯は男そのものだった。
男はの姿を認めると、艶やかに笑んだ。
二人に近づいてくると、の顔を覗き込もうとした。
薬売りはを後ろに庇い、鋭い視線を向けた。
それを見て男は肩を竦め、掌を見せるように両手を肩の辺りまで上げた。
「何もせんよ、客人」
「客、ですか」
「浮かれも怯えもせん客は初めてだがな」
男は二人から離れると、また笑んだ。
「常世桜の里へようこそ」
「常世桜…」
「そう。ここは桜が永遠に咲き続ける地だ」
「何故そんなところが…。それに、アンタは…」
「細かいことは気にするな。もう暫く、この桜たちを眺めてやってくれ」
男は、いつの間に現れた椅子に腰かけた。
西洋のものなのか、背もたれも座面もふっくらとして、更に猫足だ。
「いつも見ているが、やはり美しい」
目を細めて桜を見上げる様は優雅だ。
男がおもむろにふぅ、と息を吐いた。
すると、辺りに柔らかな風が吹いた。
その風が枝をさわさわと揺らし、花弁を舞い上げた。
はそれに目を丸くし、表情を和らげる。
僅かに警戒を解いて、薬売りは男に問う。
「アンタは、ここの主か」
それを見た薬売りは問う。
薬売りの問いには答えず、男はやはり笑む。
それから辺りの木々を見渡すように視線を動かした。
「ここは、人の心が創り出した場所だ」
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短いですね…汗
2013/4/14