天気雨の夜



右近左近
〜六の幕〜





「…二対一とは、分が悪い…」

 繰り返される衝撃に、薬売りは明らかに疲弊している。

「おのれェ!」

 薬売りと犬たちとの攻防に痺れを切らしたのか、十四郎が刀の柄を掴んだ。
「十四郎様!」
 引き止める種田を振り払って、十四郎は結界を飛び出していった。
 刀を振りかぶって、片方の犬に切りかかろうとする。
 けれど犬はそれをするりと交わす。
 何度刀を振り下ろしても、その刃が犬を捕らえることはない。
 それどころか、もう一匹が十四郎の背後を狙っている。
「…世話の焼ける…」
 薬売りは結界を保持しつつ、行李の中を漁った。
「気休め程度、でしょうが」
 引き出しから小さな包みを取り出すと、その中身を結界の向こうへばら撒いた。

“キャン!”

 何かの葉が撒き散らされて、それに触れた犬は悲鳴のような声を上げて倒れこんだ。


「右近! 左近!!」


 それを見た藍が叫んだ。


「何をしたの!?」
「香草を、撒いただけ、ですよ。まさか、これほど効くとは…」
 とぼけた様な声で、薬売りが答える。
「右近、左近!!」
「姫様、行ってはダメです!」
 犬達に向かって行こうとする藍を、は必死で引き止める。

「なるほど…」

 薬売りは剣を構えた。

「モノノ怪の形は、右近左近…」

 カチン―。


「深月家を騙し、姫を人質とし、自分たちの命を奪った殿山を許せなかった。そして、狙われている姫を守りたかった。それがモノノ怪の“真”と“理”!!」

カチン―。


「…やめて…」


「“真”と“理”によって、剣を、解き、放つ―!!」












 視界に鮮やかな花が炸裂して、薬売りがあの犬達を斬ったのだと、は思った。


 いくつもの花が咲いて、それが順に消えていく。


 けれども、視界はすぐには戻らなかった。



 は、白く四角い空間に自分がいることに、暫くして気付いた。


 あの、藍が監禁されていた真っ白な部屋に似ている。


 そうして、自分の正面に、藍が背を向けて座っていた。


「もしか…して…」


 声が掠れた。




 白い壁に、何処かの風景が映し出された。


 木々に囲まれた静かな泉の畔。
 真っ暗で、けれど月が燦然と輝いている。





“…楽しかった”


 聞こえてきたのは、藍の声。


“ずっと、楽しかった”


“二人のお陰よ”




 少しだけ恥ずかしそうに、それでもとても切ない響きをしていた。



「姫様…」



 ふわりと、藍の着物が舞った。
 そして、着物だけが部屋に残され、藍の姿は何処にもなかった。




さん!」


 呼ばれて我に返ると、薬売りに抱えられていた。
「…薬売りさん…」
 変わらず中庭に居る事を確認して、あの空間が藍の作り出したものだと悟る。
 じわりと、目頭が熱くなった。
 辺りを見渡すと、肩口を深く抉られ血を流している十四郎の姿があった。
 その傍らには、両手を地に着いて涙を流す耀介。
 少し距離を置いて種田や他の家臣が俯いて立っている。

「薬売りさん、姫様は…?」
「…さぁて…」

 藍の姿が見当たらない。

 は立ち上がると、もう一度辺りを見た。
 そうして裏口が開いていることに気付いた。

「姫様っ」

 は駆け出すと、裏口から外に出て行った。

「…」

 薬売りは何事かと首を傾げながらそれを追った。






















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お暇でしたら、右近左近スピンオフもどうぞ。
novelページの「おまけ」から飛べます。

薬売りもヒロインも出てきませんが
右近左近以前の事を書いてます。


2012/2/26