「…二対一とは、分が悪い…」
繰り返される衝撃に、薬売りは明らかに疲弊している。
「おのれェ!」
薬売りと犬たちとの攻防に痺れを切らしたのか、十四郎が刀の柄を掴んだ。
「十四郎様!」
引き止める種田を振り払って、十四郎は結界を飛び出していった。
刀を振りかぶって、片方の犬に切りかかろうとする。
けれど犬はそれをするりと交わす。
何度刀を振り下ろしても、その刃が犬を捕らえることはない。
それどころか、もう一匹が十四郎の背後を狙っている。
「…世話の焼ける…」
薬売りは結界を保持しつつ、行李の中を漁った。
「気休め程度、でしょうが」
引き出しから小さな包みを取り出すと、その中身を結界の向こうへばら撒いた。
“キャン!”
何かの葉が撒き散らされて、それに触れた犬は悲鳴のような声を上げて倒れこんだ。
「右近! 左近!!」
それを見た藍が叫んだ。
「何をしたの!?」
「香草を、撒いただけ、ですよ。まさか、これほど効くとは…」
とぼけた様な声で、薬売りが答える。
「右近、左近!!」
「姫様、行ってはダメです!」
犬達に向かって行こうとする藍を、は必死で引き止める。
「なるほど…」
薬売りは剣を構えた。
「モノノ怪の形は、右近左近…」
カチン―。
「深月家を騙し、姫を人質とし、自分たちの命を奪った殿山を許せなかった。そして、狙われている姫を守りたかった。それがモノノ怪の“真”と“理”!!」
カチン―。
「…やめて…」
「“真”と“理”によって、剣を、解き、放つ―!!」
視界に鮮やかな花が炸裂して、薬売りがあの犬達を斬ったのだと、は思った。
いくつもの花が咲いて、それが順に消えていく。
けれども、視界はすぐには戻らなかった。
は、白く四角い空間に自分がいることに、暫くして気付いた。
あの、藍が監禁されていた真っ白な部屋に似ている。
そうして、自分の正面に、藍が背を向けて座っていた。
「もしか…して…」
声が掠れた。
白い壁に、何処かの風景が映し出された。
木々に囲まれた静かな泉の畔。
真っ暗で、けれど月が燦然と輝いている。
“…楽しかった”
聞こえてきたのは、藍の声。
“ずっと、楽しかった”
“二人のお陰よ”
少しだけ恥ずかしそうに、それでもとても切ない響きをしていた。
「姫様…」
ふわりと、藍の着物が舞った。
そして、着物だけが部屋に残され、藍の姿は何処にもなかった。
「さん!」
呼ばれて我に返ると、薬売りに抱えられていた。
「…薬売りさん…」
変わらず中庭に居る事を確認して、あの空間が藍の作り出したものだと悟る。
じわりと、目頭が熱くなった。
辺りを見渡すと、肩口を深く抉られ血を流している十四郎の姿があった。
その傍らには、両手を地に着いて涙を流す耀介。
少し距離を置いて種田や他の家臣が俯いて立っている。
「薬売りさん、姫様は…?」
「…さぁて…」
藍の姿が見当たらない。
は立ち上がると、もう一度辺りを見た。
そうして裏口が開いていることに気付いた。
「姫様っ」
は駆け出すと、裏口から外に出て行った。
「…」
薬売りは何事かと首を傾げながらそれを追った。
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お暇でしたら、右近左近スピンオフもどうぞ。
novelページの「おまけ」から飛べます。
薬売りもヒロインも出てきませんが
右近左近以前の事を書いてます。
2012/2/26