驚くを他所に、その光はゆるりと部屋を一巡する。
それから急に速度を速めて、菊と狐達に向かって行き吹き飛ばした。
「な…にを…」
菊は畳に雪崩れるように倒れこんで、その光を睨む。
そのお陰で、攻撃の手が止まる。
光は薬売りとを庇うように、菊たちを牽制するように、双方の間にふわりと浮かんだ。
様子を窺う様に暫く漂って、やがて形を変え始めた。
四本の足が静かに畳に降り立つ。
細身の胴が形作られる。
尖った鼻先と耳。
ふわりと伸びる尻尾。
それらが完成すると、白から黄金へと色を変えた。
そこには、やや大きめの狐が居た。
「…仲間、か?」
もう一匹狐が現れた事に、薬売りは警戒を強める。
その後ろで、は動揺を隠しきれない。
自分の中から現れた光が、狐となったのだから。
「何、これ…」
は困惑した。
けれど、黄金色の狐は二人には見向きもせず、菊たちに対峙した。
「モノノ怪に成り下がるとは、一族の恥さらしじゃ!」
まだ幼い子供のような声が響いた。
けれど、その声には強い覇気があった。
誰も逆らう事の出来ないような威圧感。
その声が、狐達を震え上がらせた。
黄金色の狐が、時間稼ぎをしてくれている。
薬売りは、剣の柄を握り直すと、菊たちを見据えた。
「余所者を嫌う集落」
「集落から離れた、一軒家」
「女と、狐」
薬売りは一言一言、噛み締めるように言った。
「狐は、この村の人達に殺されたんです」
「…?」
が唐突に言った。
この家に入ってから見た夢の数々。
全て、この家に満ちた狐達の念が見せたものだ。
「狐達が畑を荒らしてしまって…。それを介抱したのが、多分、菊さんなんです」
「何故、それを」
「ごめんなさい。“変わったことはない”なんて嘘です。夢を見ました、いくつも。全部その狐達の記憶だったんです」
不安に揺れるの目と薬売りの驚いた目が交わった。
「何故、黙っていたんで」
「それは…」
言える筈がない。
は押し黙ってしまう。
「今はそんな事、どうでもよかろう!」
また子供のような声が響いた。
それに、薬売りももはっとする。
「、何を動揺しておる!!」
動揺。
その言葉に、は怯んだ。
いつもなら、もっと自分からモノノ怪聞こうとした。
危険と分かっていながら。
薬売りがモノノ怪を斬る。
自分がモノノ怪の声を、思いを受け止める。
それが何より最優先だった。
それなのに…。
傷付いている自分がいることに気付いた。
薬売りと菊が一緒に居た事に。
薬売りが、自分を見てくれていないことに。
傷付いて、見失った。
自分が何をする為にここまで来たのか。
何をしたくて、薬売りと歩いてきたのか。
は、ゆっくりと立ち上がると、薬売りの隣に立った。
そうして、右手で、薬売りの左の袂を軽く握った。
薬売りは、何も言わずにを見ている。
その表情は、読めない。
「守ってくれています…」
穏やかに微笑むに、薬売りは僅かに眉を顰める。
「さっき、薬売りさんはあの人と一緒だったけど、今はこうして…いえ、モノノ怪と向き合うときはいつだって私を守ってくれています」
最初から、そういう約束だった。
薬売りは、それを見事に完遂している。
「私には、それで充分です」
薬売りの左手を取って、両手で包み込んだ。
そうして目を閉じて、心を開く。
辺りに充満する狐達の念に、心を近づけていく。
淡い光が、から発せられる。
それに呼応するかのように、黄金色の狐も光を放った。
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本当は大詰めだったんですけど
長すぎたので分割して七の幕作りました。
またの名を出し惜しみ。
悪しからず。
2011/9/4