天気雨の夜

野孤〜七の幕〜








 驚くを他所に、その光はゆるりと部屋を一巡する。
 それから急に速度を速めて、菊と狐達に向かって行き吹き飛ばした。


「な…にを…」


 菊は畳に雪崩れるように倒れこんで、その光を睨む。
 そのお陰で、攻撃の手が止まる。

 光は薬売りとを庇うように、菊たちを牽制するように、双方の間にふわりと浮かんだ。

 様子を窺う様に暫く漂って、やがて形を変え始めた。

 四本の足が静かに畳に降り立つ。

 細身の胴が形作られる。

 尖った鼻先と耳。

 ふわりと伸びる尻尾。

 それらが完成すると、白から黄金へと色を変えた。




 そこには、やや大きめの狐が居た。





「…仲間、か?」





 もう一匹狐が現れた事に、薬売りは警戒を強める。
 その後ろで、は動揺を隠しきれない。
 自分の中から現れた光が、狐となったのだから。

「何、これ…」

 は困惑した。

 けれど、黄金色の狐は二人には見向きもせず、菊たちに対峙した。




「モノノ怪に成り下がるとは、一族の恥さらしじゃ!」




 まだ幼い子供のような声が響いた。
 けれど、その声には強い覇気があった。
 誰も逆らう事の出来ないような威圧感。



 その声が、狐達を震え上がらせた。



 黄金色の狐が、時間稼ぎをしてくれている。
 薬売りは、剣の柄を握り直すと、菊たちを見据えた。


「余所者を嫌う集落」


「集落から離れた、一軒家」


「女と、狐」


 薬売りは一言一言、噛み締めるように言った。




「狐は、この村の人達に殺されたんです」



「…?」



 が唐突に言った。
 この家に入ってから見た夢の数々。
 全て、この家に満ちた狐達の念が見せたものだ。

「狐達が畑を荒らしてしまって…。それを介抱したのが、多分、菊さんなんです」
「何故、それを」
「ごめんなさい。“変わったことはない”なんて嘘です。夢を見ました、いくつも。全部その狐達の記憶だったんです」

 不安に揺れるの目と薬売りの驚いた目が交わった。

「何故、黙っていたんで」
「それは…」

 言える筈がない。
 は押し黙ってしまう。

「今はそんな事、どうでもよかろう!」

 また子供のような声が響いた。
 それに、薬売りももはっとする。



、何を動揺しておる!!」





 動揺。






 その言葉に、は怯んだ。

 いつもなら、もっと自分からモノノ怪聞こうとした。
 危険と分かっていながら。

 薬売りがモノノ怪を斬る。
 自分がモノノ怪の声を、思いを受け止める。

 それが何より最優先だった。


 それなのに…。


 傷付いている自分がいることに気付いた。
 薬売りと菊が一緒に居た事に。
 薬売りが、自分を見てくれていないことに。

 傷付いて、見失った。

 自分が何をする為にここまで来たのか。

 何をしたくて、薬売りと歩いてきたのか。







 は、ゆっくりと立ち上がると、薬売りの隣に立った。
 そうして、右手で、薬売りの左の袂を軽く握った。
 薬売りは、何も言わずにを見ている。
 その表情は、読めない。


「守ってくれています…」


 穏やかに微笑むに、薬売りは僅かに眉を顰める。


「さっき、薬売りさんはあの人と一緒だったけど、今はこうして…いえ、モノノ怪と向き合うときはいつだって私を守ってくれています」


 最初から、そういう約束だった。
 薬売りは、それを見事に完遂している。


「私には、それで充分です」


 薬売りの左手を取って、両手で包み込んだ。
 そうして目を閉じて、心を開く。


 辺りに充満する狐達の念に、心を近づけていく。


 淡い光が、から発せられる。
 それに呼応するかのように、黄金色の狐も光を放った。




















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本当は大詰めだったんですけど
長すぎたので分割して七の幕作りました。

またの名を出し惜しみ。
悪しからず。

2011/9/4