十年前、俺達には妹が出来た。
本当は妹なんて言っちゃ罰が当たるんだけど、でも、本当に可愛い妹みたいな存在で、俺達は本当に幸せだった。
俺達は、深月家に仕える吾妻の家の生まれで、俺達の父親がそうであるように、俺達も深月家に仕えている。
俺は双子の弟で菖矢。兄貴は莢矢っていう。
年は、次の正月で二十五。結構行ってるけど、まだ嫁は取ってない。
吾妻の家は仕来りがあって、三十まで生き残って初めて所帯を持てる、らしい。
それ以前に、深月家に仕えることで一人前として認められる。所帯を持つよりも其方の方が吾妻の家では誇らしい事なんだ。
俺達は、小さい頃から色んなことを教え込まれてきた。
剣術を初めとした武術全般。算術はもちろん和歌だの俳句だのの芸事や学問。
深月家に仕えるために、本当に色んなことを学んできた。
俺と兄貴はいつも競いあってきた。
どちらがより上か。
その差が見え始めたのは、結構早いうちで、俺と兄貴の性格の違いも相まってか、その差はどんどん開いていった。
もちろん、何でも兄貴が上に決まってる。
出来が違うんだ。例え、双子でもな。
兄貴は何でも卒なくこなす。それも完璧に。教えられた事を全て飲み込んで、更にそれに自分の考えを上乗せしてくんだ。
剣術もこの辺りでは随一の腕になって、学問でも兄貴と対等に弁論できる奴は殆んどいなくなった。
真面目で、でも物腰の柔らかい兄貴は皆の人気者で、いつも周りに人が絶えなかった。
俺はといえば、生来遊び人らしい。
武術も学問もそこそこにやった。多分。兄貴までとは行かないけど。それでもこの辺じゃ五本の指に入るくらいにはなった。
でも、俺はそこまでの人間だ。
それよりも悪友なんかを集めてわいわいやっていた方が性に合った。別に悪さをするわけじゃない。
正座して討論するより、胡坐で会話を楽しむほうが好きだってことだ。
親父たちにはあまりいい目では見られなかったけどな。
それでも、俺は兄貴みたいな優等生にはなれなかったし、なりたいとも思わなかった。
言っておくけど、別に仲が悪いわけじゃない。
兄弟の絆は頗る良好。
一緒に稽古をする事もあれば、出かける事もある。普通の兄弟だ。
兄貴は親父たちとは違って、分かってたから。
兄貴は兄貴で、俺は俺だって事を。
そんな俺達に、重大な役目が言い渡された。
深月家の姫の、教育係になる。
吾妻の者にとって、姫に仕えるということがどれほど幸せな事か。
俺達は涙を流して喜んだ。
それが、俺達が十五、姫がまだ六つの頃の話だ。
「藍、今日からお前の勉強を見てくれる、莢矢と菖矢だぞ」
深月家当主、深月冬新の隣りにちょこんと座る、小さな子。
それが藍姫だった。
「きょうや? しょうや?」
首を傾げるその仕草が、とても可愛らしい。
「同じお顔なの?」
「双子と言って、一緒に生まれてきたんだ」
冬新様が簡単に説明するけど、まだ藍姫には“双子”というのが何なのか、わからなかったらしい。
「どっちがきょうやで、どっちがしょうやなの?」
「私が、莢矢にございます、姫様」
兄貴が微笑みながら申し出た。
あまり小さい子供と接したことのない俺が見事に出遅れたのは、言うまでもない。
藍姫は、冬新様の隣から、ててて、と兄貴に近付いていった。
正座で座る兄貴と、ちょうど同じくらいの背丈。
その小さな顔が、兄貴を興味深げに覗きこんでいる。
「きょうや?」
「はい」
「きょうや!」
にっこりと笑う藍姫と穏やかに微笑む兄貴。
俺は何だか、とてつもなく疎外感を感じていた。
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2012/1/15