第十夜




 きっと姫は、断らないだろう。
 いや、家のためだと言って、寧ろ喜んで乗り込んでいくだろう。





「俺は、そんな事の為に姫を育ててきたんじゃない…」



 部屋に戻ると、自然と口に出していた。
 暗い部屋に、この先の姫の行く末には闇しかないのだと言われているようだ。

「…菖矢…」

 廊下から兄貴の声がした。
 背後から聞こえるその声が、いつもの兄貴の声じゃないことくらいすぐに分かった。

「だってそうだろう? 十年も大切に見守ってきたのは、人質にするためじゃない。何処に出しても恥ずかしくないように、夫となる人の支えとなって家を守れるように。俺達は、そのために今まで…!」
「菖矢!」
「姫の為に生きてきた俺達が、姫を犠牲にして生き延びるって、一体どういうことだよ!? そんなんじゃあ、生きてる意味なんて…ないじゃないか!!」
「菖矢!!」

 後ろから、右肩を思い切り掴まれた。
 急な衝撃で、身体が大きく揺れた。

 暫くの間、そのまま時が止まっていた。




「兄貴…っ」

「言うな、菖矢…」

「いや、言わせてくれ!」

「菖矢」

「俺は、悔しいんだ!」

 どうして姫なんだ。
 よりによって、俺達が仕えた、俺達の大切な。

「悔しい…」

 握り締めた拳の感覚が、次第に薄れていく。

「悔しいんだよ!!」


 肩にかかる兄貴の手を振り払った。
 そうして、兄貴に向き直る。


「兄貴だってそうだろ!?」

 いや、俺よりも、兄貴の方が悔しいに決まってる。

「はっきり言えよ! 俺のほうが悔しいって!!」









 あぁ、きっと、俺もこんな顔してるんだ。


 振り返って見た兄貴の顔は、そのまま俺の顔だ。


 居た堪れなくて、遣る瀬無くて、怒りを何処にも向けられなくて、悔しくて。


 そんな気持ちが全部、その顔に表れてた。



「…あぁ、言ってやるよ…」



 暗くても、よく分かる。



「悔しくて仕方ない」



 兄貴の目に浮かんだもの。



「どうして姫なんだ」



 その僅かな粒。



「どうして俺じゃ、姫を幸せに出来ない…!」



 兄貴の涙を見たのは、いつ以来だろう―。


















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2012/2/12