その後、祝言の日取りが決まった。
十月吉日。
あと二月もない。
急な、祝言だ。
あの日―兄貴が泣いた日以来、俺はずっと考えている。
二人の為に、何か出来ないか。
だって、兄貴は姫を想い、姫も兄貴を想っている。
それなのに、その気持ちを伝えないままで良いなんてことが、あるわけがない。
いや、それは俺の勝手な考えなのかもしれない。
ただ、何もしないで離れてしまうことが、俺にはどうしても納得できなかった。
例えば俺が何かすることで、兄貴が姫を攫っていくとか、姫が思いとどまるとか、そんなきっかけを作ってしまったとしても。
例えば、それが、二人にとってただの辛い思い出になってしまったとしても。
どうなってもいいと、俺は思った。
だから、誘った。
二人を。
月見に。
仲秋の名月といえば、その夜は世の誰もが空を見上げる。
真っ暗な空に輝く、真ん丸のお月さん。
それは大層綺麗で、心が和らぐ。
きっと、そんな月を二人で眺めれば、いつもは言えない事も、口に出来るんじゃないかと思う。
いつもなら、姫は屋敷に笹と団子を飾って庭で空を仰ぐ。
冬新様や巴様、時には俺達も呼ばれて一緒に眺める。
でも、今年は、連れ出そう。
残り僅かな講義の中で、俺は姫に、いつものように軽い口調で言ってみた。
「姫、仲秋の名月は、殿山様と約束でも?」
「…」
姫は眉根を寄せて、怒った顔をする。
「そんなわけないじゃない」
「は…何で」
「あの家の人達には、風情ってものがないみたいなの」
聞けば、一緒に月見はどうかと文を出したらしい。
けれど、見事に断られたという。
「分かってるわよ、人質として行くことくらい。でもね、一応夫婦になるの。形の上でもそれらしい事って必要だと思わない???」
口を尖らせる姫を見るのも、これが最後か。
「…きっと、お嫁に行っても…」
姫はそう言い掛けて、自分の口を抑えた。
しまった、という顔をしている。
「姫らしくないな」
「そうよ、今のは私じゃない。私はお嫁に行って、中から殿山を変えてみせるんだから!」
「言ったな」
「言ったわよ。それが私の覚悟よ」
つん、と背伸びするようにそっぽを向く。
「…今の、絶対莢矢には言わないでね」
「言われなくても」
弱音を吐きそうになったなんて、莢矢には、本当なら俺にだって知られたくないところだろう。
この強がりの姫も、それだけ不安に思ってるってことだ。
嫁に行く事が、こんなに恐いことなんてないだろう。
嫁を送り出すことが、こんなに心苦しい事なんてないだろう。
それでも、最後は、ちゃんと送り出してやりたい。
「で、月見は?」
「そうね…最後だし、父様や母様と」
「なぁ、俺達と見てくれないか?」
「え?」
「俺と、莢矢と、三人で」
俺の申し出に、姫は目を丸くした。
それもそうだ。
俺から姫を何かに誘った事は一度もない。
もちろんそれは、恐れ多いからに決まってる。
従者が、主人を誘うなんて、有り得ない。
だから俺は、息抜きをした方がいい、とは言っても、息抜きをしないか、とは実は言ったことがない。
「…珍しいわね」
戸惑う素振りを見せる姫に、俺は笑って言ってやった。
「最初で最後の頼みだ、姫」
俺が珍しく優しく笑ったもんだから、姫は呆けた顔を見せた。
…伊達に、双子じゃないんだ。
姫は一瞬泣きそうな顔をして、すぐに微笑んでくれた。
「分かったわ、菖矢」
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2012/2/19