あとは兄貴を誘うだけだ。
姫が来ると知れば行かないわけがないだろうが、まずは俺が姫を誘った事に対して切々と説教するに違いない。
それでも、姫が快く受けてくれたと言えば、俺を叱った事を自省するんだ、あの真面目な兄貴は。
「菖矢」
家に帰る道々、声を掛けられた。
「おう、立浪じゃないか」
行き合ったのは、俺と兄貴共通の友人だった。
「今度の十五夜はどうしてる?」
「え、あぁ、どうかしたのか」
「いや、独り身の奴らで集まってどんちゃんやろうかと話が出ていてな」
今年もやるのかと、俺は苦笑した。
いつの頃からか男だけで集まって、月を肴に酒を飲んでいた。
姫に呼ばれないときは、俺も兄貴も参加したことがある。
もう皆、いい年に差し掛かっているのに。
他所から見たら、俺達もそうなんだけどな。
「そうか…。俺は遅れてならいけそうだけど、兄貴は無理だな。先約がある」
「何、莢矢のやつ、とうとう…?」
「さぁ、俺は約束があるとしか聞いてないんだ。悪い」
そう言って立波と別れた。
そんなこと、聞いてない。
俺が勝手に、兄貴の約束を作った。
それくらいしないと、兄貴は誰かと約束をしてしまいそうで。
…これも、知れたら叱られるか?
兄貴の部屋を訪ねると、まだ帰ってないようだった。
勝手に上がりこんで、待たせてもらうことにする。
文台の上の本を何気なく読んでいると、部屋の外に気配を感じた。
振り返らずとも、確かめずとも、兄貴だと分かる。
双子の勘だとか、聞きなれた足音だとか、気配そのものとか、そんなもので分かる。
「どういうつもりだ、菖矢?」
廊下に立ったまま、兄貴はそう言った。
「何が?」
飄々と答えてみせる。
「仲秋の名月に、俺は約束があるらしいな」
「あぁ、その話」
声が近付いてきて、兄貴が部屋に入ったのだと分かる。
「一体、誰との約束だ」
立浪にした話を、他にも何人かの友人にした。
兄貴が、誰かと約束をしないように、先手を打ったのだ。
誰から聞いたかは分からないけど、俺がそう言ったと聞いたんだろう。
「姫と、俺との、だよ」
俺は手にしていた本を置いて、漸く兄貴に向き直って言ってやった。
「姫と、お前?」
「あぁ」
「最後の月見だぞ。冬新様たちと…」
「最初で最後の頼みだと言ったら、笑って受け入れてくれたよ」
「…菖矢…」
「いいだろ。親はともかく、俺達は余程のことがない限り、もう姫には会えないんだ」
「…しかし」
険しい顔をする兄貴。
こういう断りにくい状況に、兄貴は弱いんだ。
俺は真面目な顔で言ってやった。
「もう決まった事だ」
覚悟を、決めろよ。
そして、当夜―。
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2012/2/26