第十三夜




 あとは兄貴を誘うだけだ。
 姫が来ると知れば行かないわけがないだろうが、まずは俺が姫を誘った事に対して切々と説教するに違いない。
 それでも、姫が快く受けてくれたと言えば、俺を叱った事を自省するんだ、あの真面目な兄貴は。



「菖矢」
 家に帰る道々、声を掛けられた。
「おう、立浪じゃないか」
 行き合ったのは、俺と兄貴共通の友人だった。
「今度の十五夜はどうしてる?」
「え、あぁ、どうかしたのか」
「いや、独り身の奴らで集まってどんちゃんやろうかと話が出ていてな」

 今年もやるのかと、俺は苦笑した。
 いつの頃からか男だけで集まって、月を肴に酒を飲んでいた。
 姫に呼ばれないときは、俺も兄貴も参加したことがある。
 もう皆、いい年に差し掛かっているのに。
 他所から見たら、俺達もそうなんだけどな。

「そうか…。俺は遅れてならいけそうだけど、兄貴は無理だな。先約がある」
「何、莢矢のやつ、とうとう…?」
「さぁ、俺は約束があるとしか聞いてないんだ。悪い」

 そう言って立波と別れた。



 そんなこと、聞いてない。
 俺が勝手に、兄貴の約束を作った。
 それくらいしないと、兄貴は誰かと約束をしてしまいそうで。


 …これも、知れたら叱られるか?



 兄貴の部屋を訪ねると、まだ帰ってないようだった。
 勝手に上がりこんで、待たせてもらうことにする。



 文台の上の本を何気なく読んでいると、部屋の外に気配を感じた。
 振り返らずとも、確かめずとも、兄貴だと分かる。
 双子の勘だとか、聞きなれた足音だとか、気配そのものとか、そんなもので分かる。

「どういうつもりだ、菖矢?」

 廊下に立ったまま、兄貴はそう言った。

「何が?」

 飄々と答えてみせる。

「仲秋の名月に、俺は約束があるらしいな」
「あぁ、その話」

 声が近付いてきて、兄貴が部屋に入ったのだと分かる。

「一体、誰との約束だ」

 立浪にした話を、他にも何人かの友人にした。
 兄貴が、誰かと約束をしないように、先手を打ったのだ。
 誰から聞いたかは分からないけど、俺がそう言ったと聞いたんだろう。


「姫と、俺との、だよ」

 俺は手にしていた本を置いて、漸く兄貴に向き直って言ってやった。

「姫と、お前?」
「あぁ」
「最後の月見だぞ。冬新様たちと…」
「最初で最後の頼みだと言ったら、笑って受け入れてくれたよ」
「…菖矢…」
「いいだろ。親はともかく、俺達は余程のことがない限り、もう姫には会えないんだ」
「…しかし」

 険しい顔をする兄貴。
 こういう断りにくい状況に、兄貴は弱いんだ。
 俺は真面目な顔で言ってやった。

「もう決まった事だ」

 覚悟を、決めろよ。









 そして、当夜―。
















NEXT












2012/2/26