気が付いたときから、そうだったと思う。
俺よりも、兄貴に懐いていた。
まぁ、最初は俺が子供が苦手な事を子供ながらに分かっていて、兄貴の方が遊んでくれたからってのが始まりなのかもしれない。
でも、姫が成長するにつれ、徐々に“女”の部分を見せるようになると、兄貴への想いは確実なものになっていた。
兄貴が傍に居ると、終始ご機嫌で、嬉しそうで、それでいて恥ずかしそうだった。
姫の傍に居てその姫の変化に気付いたのは、それでも俺とツタくらいなもんだった。
「ねぇ、菖矢」
「何」
「莢矢に縁談があるって本当?」
「あぁ…その話」
姫が十四のときのことだ。
莢矢に舞い込んできた縁談の話が、姫の耳に入ってしまった。
「俺達も、もう二十二だから」
そんな話、あってもおかしくはない。
寧ろ、遅いくらいだろう。
「そんなのダメよ」
「何でだよ。所帯を持つのはめでたい事だろ」
「そうかもしれないけど、でもダメなの」
姫は少しだけ、いや、大分ムキになってる。
「どうしてダメなの」
「そしたら、…教育係がいなくなるじゃない」
「ふーん」
俺は気のない返事をした。
そんなことが問題なんじゃないだろ。
姫のものじゃなくなるから、だろ。
俺は敢えて口にしなかった。
兄貴の縁談が破談になったのは、それから暫くしてからだった。
俺には詳しい事はわからなかったが、多分、相手方が恐れ戦いたんだ。
だって兄貴は、深月家の娘の教育係、なんだから。
その頃には、深月の藍姫はそこそこ名が知れていて、世の娘どもの憧れの的だった。
俺が言うのも何だけど、結構綺麗に育った。
巴様似の小さな顔に、艶やかな黒髪。
はっきりとした二重で、長い睫毛に澄んだ瞳。
博識で頭の回転も速い。所謂、才色兼備ってやつだ。
その半分を備えてやったのは、俺と兄貴なわけだけど。
そんなわけで、深月の藍姫といえば誰もが一歩下がるほどの威力を持っていた。
その藍姫の教育係。
意図せず結構な高嶺の花になってしまったわけだ。俺も、兄貴も。
「破談になったのね」
「そうらしいな」
「莢矢、落ち込んでない?」
「自分で聞いたら」
「聞けないから菖矢に聞いてるんじゃない」
良かったと、思ってるくせに。
いくら姫に対して無遠慮な俺でも、口が裂けても言えなかった。
「別に、兄貴は縁談なんて端から興味なかったみたいだし」
「そうなの?」
「吾妻の家では、二十二なんてまだまだ小僧だから」
「そう…だったわね」
姫は少しだけ、ホッとしたような顔を見せた。
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2012/1/22