第六夜




「そういえば、姫が右近と左近に会いたいと言っていたな…」

 右近を撫でながら、兄貴が目を細めて言った。

「…」
「どうした、菖矢?」
「いや」

 姫は、本当にこいつらに会いたいんだろう。
 でも、それだけじゃない。
 何か口実をつけて、兄貴に会いたいんだ。
 教育係としての兄貴じゃなく、ただの吾妻莢矢に。

「兄貴…、姫が嘆いてたぞ」
「嘆く? 一体何を」
「兄貴ももっと融通が利けばいいのにって」
「何だ、それは」

 目を丸くする兄貴が珍しくて、少しだけ可笑しかった。

「俺と比べるつもりはないんだろうけど、俺がこんなだから、兄貴とも色々話したいんじゃないのか」
「話す?」
「勉強見るだけが、教育係の仕事じゃないってことだ。俺はずっとそう思ってやってきたからな」
「…息抜き、というやつか」

 さすが、兄貴。分かってらっしゃる。

「それは…難しいな」

 哀しそうに笑う顔が、全てを物語っていた。




 そう。




 兄貴も、藍姫のことを、想っているのだ。







 いつ気付いたとか、そういうことは問題じゃない。
 だって、最初から兄貴は、全てを姫に捧げていたから。
 もちろん、その心構えは俺も同じだった。
 深月の姫に仕えるんだから、責任は重大。
 俺達の誇りだ。

 でも、兄貴は、その心も姫に捧げた。

 最初から、今現在も、ずっと姫を愛している。
 深く、強く。

 兄貴がどう考えてるかは、俺には分からないけれど、姫を愛している事だけは伝わってくる。

 いつか何処かの武家に嫁ぐときまで、もしかしたら婿をとるときまで。
 何処に出しても恥ずかしくない立派な姫に育てる。

 兄貴はその一心で、姫を愛し続けている。




 そう。家臣である俺達には、それしか許されない。




 だから兄貴は、姫と過ごす穏やかな時間というものを、恐れているんだと思う。



 きっと兄貴は、姫が嫁ぐときになっても、笑って見送れる男だ―。



 だから、秘めた想いが大きくなる事を、恐れている。













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2012/1/29