「やれ、やれ」
頭の上から声がして、体の力が抜けた。
そうして大きく深呼吸をする。
「大丈夫、ですか」
「何とか…」
息が切れそうなくらい走った。
走って茂みに逃げ込んで、やり過ごした。
「おい、こっちはどうだ!?」
遠くの方で声がして、また全身に力が入る。
強張る私の身体を、薬売りさんは袖で隠すように包み込んでくれた。
その手にも、力が入っている事がわかる。
モノノ怪相手には決して屈しない薬売りさんも、十人近い人間の男はまともに相手をしたくないらしい。
山道を歩いているところを、賊に襲われた。
周囲を取り囲まれて、お金と、私を置いていけと脅された。
薬売りさんははっきりと断って、札を投げつけた。
男達が怯んだ隙に、道を外れて暗い森の中へ入って、どうにか男達を撒こうと走り続けた。
私の手を、しっかりと掴んで。
暫く走って、人の背丈ほどの段差の下の茂みに身を隠した。
ちょうど、岩に窪みがあって、茂みと岩の間にすっぽりと隠れる事ができた。
薬売りさんの微かな息遣い。
鮮やかな着物越しの上下する胸。
背中に感じる両腕の重み。
守ってくれている。
声が遠のいてからも暫く、そこから動く事はなかった。
否。
張り詰めたまま、動けなかった。
不意に、薬売りさんが長く息を吐いて、身体の力を抜いたのが分かった。
背中の重みが和らぐ。
「もう、出てもいい頃合、ですかね」
潜める事のない声が降ってきた。
それで漸く、緊張の糸が切れた。
そうして我に返る。
「ご、ごめんなさい…私」
いつまで張り付いているつもりだろう。
自分でもそう思う。
慌てて身体を離して、窪みから出ようとする。
「さん」
静かに制されて、引き戻された。
【分岐】
選択してください。
壱:「やはりもう少し、ここに居たほうが、いいようですね」
弐:「少し、休んでいきませんか」